応募作86

「難波恐怖体験」

前 順平

 

それはハロウィンの日に起きた出来事だった。
ひっかけ橋で私は声をかけられて、ほいほいとついていったのが間違いだった。私は魔女のコスプレを、隣に寝ている彼は、ねずみ男のコスプレをしていて、私たちは今夜出会ってワンナイトラブを楽しみ、サヨナラするはずだった。ねずみ男の姿をしているだけあって、痩せ型でひ弱な男だった。
ラブホテルはどこもいっぱいでやっと見つけた小汚い部屋は電球が切れていて薄暗く、コウモリが住んでいそうな感じがするほど不気味だった。長居は無用だったので「ほな帰るね」と言った途端、眠っていた彼が目ん玉をひんむいて「お前だけ生きて帰れると思うなよ、死ね!」と首を絞められた。とてもひ弱な男に出せる力加減ではなかった。「離してんか!」私は必死に抵抗したが、とてつもない腕力で押さえつけられる。「グポグポ。溺れる溺れる溺れる……お前のせいやろが」何を言ってるのかまるでわからない。何かに取り憑かれているとしか考えられない。私は近くにあった枕を武器にして男を叩いた。しかし男はビクともしない。苦しさのあまり私は手段を選ばず、電気スタンドを手にした。それをおもいっきり男の頭に叩きつけた。「なにするねん痛いやんかお前は俺を何回殺す気や」男の眼球は飛び出していた。飛び出した目玉は私の方をじっと見たままだった。戦慄が全身を駆け巡り力が抜けていく。「離して離してはな……してんか」意識が遠のきそうになった瞬間「……お前やない」と首元の苦しみがなくなった。私は慌てて部屋から逃げ出してなんとか命だけは助かった。
彼に取り憑いた霊が殺したかった人は一体誰なんだろう。そして彼はなぜ彼女に殺されなければならなかったのだろうか。
久しぶりにひっかけ橋の上を通った時にふと思い出したのだった。