応募作82

「擬宝珠(ぎぼし)」

榛原 正樹

 

「なぁ、大阪城の京橋側の内堀に、極楽橋ってのが架かっとるの知っとるか?」
「もちろん知っとるよ。観光客が必ず記念写真撮るところやんか」
「あの橋に擬宝珠がいくつも付いとるやろ」
「はぁ? ギボシってなんや?」
「橋の欄干の柱に玉葱坊主みたいな形の飾りを被しとるやろ。あれのことや」
「あぁ、あれをギボシって言うんか」
「でな、その擬宝珠の中に一個だけ、他と形が違うもんがあるんやて。そいつを首尾良く見つけて、手で撫でてやってから城内に入ると、何かが起こると言われとるんや」
「何が起こるんや?」
「それは分からん。その形が違う擬宝珠も、すぐ見つかる時もあればどうしても見つからん場合もあるらしい……」
 友人からそんな話を聞かされた僕は早速極楽橋に行ってみた。十個ある擬宝珠を丹念に見ていくと、ひとつだけ胴体のくびれ方が他と違うものがあった。僕は、これはしめたとそのくびれを丹念に擦り、下から撫で上げ、読めない刻印文字を指でなぞった。それから橋を渡り、天守閣への石段を数段登った。
 目の前に、派手な着物を着た小柄なおばちゃんが立っていた。紫式部みたいな格好をし、顔を紅潮させ、憤怒に満ちた形相で僕を睨んでいる。その右手には短刀がギラリと光っていた。
「この不埒な無礼者が! そこに直れ!」
 突然、小柄なおばちゃんが斬りかかってきた。突いてくるということは殺す気だ。焦ってよけた弾みで僕は転倒し、石垣になり損ねて放置してある巨石に頭をぶつけて気絶した。
 後日、同じ場所に行ってみたが、形の違う擬宝珠はどうしても見つからず、おばちゃんが立っていた場所には、「淀殿自刀の地」の石碑があった。どうやら僕は、淀殿の逆鱗の様な所を執拗に撫でてしまったらしい。
 知らんがな、おばちゃんの急所なんか……