応募作79

「堂地下にある寿司屋」

石動さや加

 堂島地下センターの端に、その寿司屋はありました。寿司屋の割にお品書きは「そば」「うどん」のみ。店全体がバーよりも暗くて、一応カウンターにケースは置かれているものの何が入っているのか分かりません。その向こうに立っている店員の顔も見えず、低い声で「注文は?」と聞かれ、ようやく男性だと分かるくらいでした。
 その日はフェスティバルホールへ演奏を聴きに行く定だったのですが、バスにも電車にも乗り遅れ、足早に歩いていたら靴擦れまで出来てしまい、当初行くはずの洋食店に向かうと間に合わなくなるので、仕方なくホールに一番近い出口の横にあったその店に入りました。入店と同時に引き返したい気分になりましたが、演奏中にお腹が鳴るのは嫌だったので「おそば一つ」と注文しました。
 ですが出てきたのは楕円の皿に乗った寿司のようなもの。暗くてよく分かりませんが、シャリの上に分厚い肉のような塊が乗っています。私が食べるのを躊躇していると後ろのテーブルにも同じような皿が運ばれて行きました。チラチラ盗み見ると、異様に大きな丸い背中の人物が、徐に手掴みで皿の上の物を口に放り込みました。
「ぷちぷちっ」
凡そ食べ物からはしないような音が響きます。総毛だった私の手に、その時何かが触れました。見下ろすと、シャリの上にあった「塊」が私の手の甲に触れており、呟いたのです。
「……そばに」と。しゃがれた女の声で。
 後のことはあまり覚えていません。悲鳴を上げて店を飛び出し、一目散にホールまで駆け抜けました。
 今になって思うことは三つ。一つは、あの呟きに応えたらどうなったのかということ。二つ目に、音のした食べ物は「うどん」だったのかということ。三つ目は、無銭飲食になったのかということ。
 その店ですか?  信じられないでしょうけれど、今もあるのです。ただし、どうしても見つけられない人も多いみたい。運悪く入店出来たら、あなたも注文してみてはいかがですか。