応募作78

「片想い」

奈鳥香音

 僕は、四條畷の倉庫会社で働く同僚の森下深雪に一目惚れした。深雪は透けるような色白美人で、同僚の男性社員のアプローチを次々かわし、誰とも付きあっている様子は無かった。とうとう社内には、男嫌いという噂が広まって、近づく男性はいなくなった。
 僕は、深雪のことが諦めきれず、ある日、自宅へ向かう深雪の後をつけた。もう十二月だというのに、深雪はコートも羽織らず、ブラウス一枚で歩いている。あまりの薄着に道行く人が振り返る。
 津田で電車を降りると国見山に向かっている様だった。古い小屋が見え、扉の前で振り向いた深雪と目が合った。僕は深雪の凍りつくような目に足がすくんだが、深雪に手招きされ、後を付いていった。
 小屋に入るとまるで冷凍庫のような寒さに驚いた。深雪は僕の前に立ち、上目遣いで僕の目を見つめている。僕は黙ったまま深雪の額にキスをしようと、肩に触れた。深雪の体は氷の様に冷たく、思わず突き放した。深雪は私と一緒に居たければ、このままじゃだめよと微笑む。深雪は僕の手首をつかみ、風呂場へ向かった。水道の蛇口をカラカラひねり、浴槽に水を入れ始めた。僕は猛烈な寒さに震えが止まらなくなってきた。深雪はどこからかバケツに山盛りの氷を持ってきて、浴槽へ入れている。僕の目を見て、ここに入ってと言う。僕は急に眠気と疲労感に襲われ、思考が停止してきた。深雪に服を脱がされ、言われるままに浴槽へ入った。肩まで浸かったが、氷水は冷たくなく、春の日差しが降り注ぐ花畑で深雪を抱きしめている夢を見た。
 気がつくと浴槽の中で深雪が僕に抱きついている。冷たくて気持ちがいいと深雪は満ち足りた様に呟いた。僕は深雪の笑顔を見て幸せな気分に浸った。このまま時よ止まれと思っていると辺りが急に暗くなって息苦しさを感じ、深雪の笑い声が遠く小さくなっていった。