応募作77

「てっちゃん」

鳥原和真

 てっちゃん。てっちゃんって呼んで。
 出張先での風俗通いが唯一の楽しみで、煌めくネオンの群れへふらりと足が向いてしまう。その女の子は前歯の大きい丸顔でお世辞にも美人でないけれど、人懐っこい仕草で妙な愛嬌があった。婆さんが、鮮度抜群新鮮ぴちぴちと魚屋のように謳って俺の袖を引き、嘘か本当か、今日が初仕事だという彼女。この店は体面上、料亭であるから。仲居さんと偶然恋におちるって寸法。俺は軒先でてっちゃんに惚れたってわけ。
 座敷でネクタイをほどきながら、なんでてっちゃんっていうの? と聞くと、大坂で河豚はてっぽうって呼ぶのだと、彼女は答える。裸になったてっちゃんの下腹部は大きく膨らんでいる。だから河豚。もしかして妊婦なのか聞くと彼女はあいまいに笑う。そうかもしれないわ。お客さん嫌でしょ? 少し驚きながらも、いや、かまへん、俺ゲテモノ食いやもん。答えると彼女は頬を膨らませる。それこそ河豚みたい。それでもいいの? 薄い布団の上で、私にまたがる彼女の湿って吸い付く肌。白く膨らむ腹を俺の腹に押し付け、冷えた唇を俺の耳朶に寄せると、てっちゃんは秘密めいて耳打ちする。
 私のあそこには、毒があるのよ。 へえ、河豚だけに? そういわれてるの。 食べちゃったら俺死んじゃうかな。 きっと死んじゃうよ。ほんとうに? ピリッと痺れる毒の味が、食通は好みだったというのだから。
 粘質に擦れていたてっちゃんは、ぎっぎっ、歯ぎしりをして私の上でのけぞると、まるで刺身包丁でおろしたみたいに彼女の腹が開いていた。裂け口からダラダラと赤白まだらの汁を垂らして、ぱっくり空いた腹腔に俺の性器が飛び出ているのが見えるから、あれあれてっちゃんの中身はと考える俺の視線は大きく膨らんだ自分の腹を見つけている。呪文のように数字を叫ぶ声が闇から聞こえ、競りが始まったのだと気がついた。