応募作76

「大阪七墓」

剣先あやめ

祖先が記したと伝わる江戸時代に書かれた日記らしき書物を、夏休みの課題として読み解くことにした。くずし字辞典を片手に四苦八苦した結果、これを記したのは私とそう年齢の変わらない男性らしいということが分かり、親近感がわく。やはり、これは日常のとりとめのないことを書き綴った日記らしい。『親友だと思っていた徳兵衛が、抜け駆けしておとよと縁日に行く約束を取りつけていた。くやしい限り』『徳兵衛が送ったかんざしをおとよがつけているのを見るだけで悲しくなる』どうやら、ご先祖様は恋敵に敗れてしまったようだ。『徳兵衛がおとよと夜のそぞろ歩きをしたいが、いい場所がないかと尋ねてきた』『むしゃくしゃしていたので、墓でも行っていろと投げやりに答えたら、にんまりと笑って去っていった』『おとよと徳兵衛が昨夜から家に帰っていない。私たちも手伝って探したが、片方のわらじさえ見つからなかった』『最近評判の狂言作家とやらに川端で話しかけられる。酒をおごられ、酔いに任せて徳兵衛のことを話す』『最近、狂言で見たからと、あちこちで墓めぐりがはやっているらしい。おとよのかんざしが埋田の墓地で見つかったそうだ。徳兵衛とおとよのように、ゆくえしれずになる人が増えたら、おかみももっと本腰をいれて二人を探してくれるだろうか。そんな考えが頭から離れない』そこまで解読して、私は書物を閉じた。友人の秋田が、妹の奈津美を誘って大阪七墓めぐりとやらに出かけ、そのまま3日、連絡が途絶えている。警察はそろそろ公開捜査をするそうだ。両親も捜索に必死で、私は妹がいつ帰ってもいいように、留守番を引き受け続けている。「ご先祖様、あんまりだ」私の乾いたつぶやきが、がらんとした部屋にぽかんと浮かんだ。