応募作63

「終電」

剣先あおり

 爺ちゃんは元気だった頃、僕をよく散歩に連れて行ってくれた。両親が共働きだったので、代わりに可愛がってくれたのだと思う。
 でも爺ちゃんは調子が悪くなり、一度は入院したけど、すぐに家に帰ってきて、それからずっと奥の和室で寝たきりになった。
 ある晩、僕がトイレで起きたとき、爺ちゃんの部屋が妙に明るいのに気が付いた。
 なんだろうと思って襖を開けると、爺ちゃんがパリッとしたスーツを着て立っている。
「こんな夜中にどないしたん。起きてもええん?」
「ちょっと出かけてくるわ。お前も来るか」
 僕は爺ちゃんと久しぶりに出かけられるのが嬉しくて、爺ちゃんの手に引かれていった。
「爺ちゃん、どこ行くん?」
「電車に乗るんや」
 どこをどう歩いたのか、いつの間にか地下街に来ていて、よく見ればそこは梅田だった。
「地下鉄、乗るん?」
「わしな、大東亜戦のとき、夜中に空襲に遭うたんや。心斎橋におってんけど、逃げ込んだ地下鉄の駅に電車来とってな」
 それ乗って梅田まで来て、助かったんや、と爺ちゃんは言った。
「わし、あの時死んどったんやと思う。それを地下鉄に助けられたんや。せやし、最後はやっぱし地下鉄乗りたい思うてな」
 いつしか僕は地下鉄のホームにいて、爺ちゃんの乗った電車の扉が閉まるところだった。爺ちゃんは笑顔で手を振っていた。
 朝起きたら、僕はいつもの通り布団の中にいて、爺ちゃんは穏やかな表情を浮かべたまま一人でいってしまっていた。
 爺ちゃんは無事、目的地に着いただろうか。