応募作55

「穴からのぞく者」

大和 陽火

 これは、私が経験した恐ろしい話だ。私は、数年前まで休日は、ドライブがてら廃墟の写真を撮りに行っていた。廃墟が特別に好きという訳ではないのだが、どことなく引きつけられる魅力があった。
 その日、私は、大阪のとある廃墟に行った。そこは、かつて旅館だった場所だ。わたしは、そのボロボロに朽ち果ててしまっている建物をくまなく探索し、どんどん写真を撮りながら、奥まで進んで行った。
 しばらくすると、ふと人の気配を察し、足を止めた。その瞬間、どこからかの視線も感じ始め、次第にその感覚は確実に強くなっていった。
 私は、気配の主を探し、周りを見回した。その時、上から物音がし、とっさにに見上げた。そこには、蓋の開いた点検口があった。中で、何かが動いている様だった。私は、持っていた懐中電灯の光を向けた。
 すると、そこから顔半分が崩れ、眼球が白い女が覗き込んでいた。
 私は、声にならない叫び声を上げ、必死に今来た方へ走った。すぐ後ろからハァーという唸り声が聞こえていた。死に物狂いで、廃旅館から脱出し、急いで車に乗り込んだ。建物の方を思わず見ると、さっきの女が覚束ない足取りで、すぐそこまで迫って来ていた。
 私は、パニックを起こしかけながらも、車を発進させ、自宅マンションへと猛スピードで、走らせた。
 やっとの思いで、三階の自分のへやに入った時には、これまで経験した事のない安心感に包まれた。ようやく落ち着き、空腹を思い出し、食事をしようと居間に入ろうとした時、玄関の外で、音がした。私は、恐る恐るドアの覗き穴を確認したが、外廊下には誰もいなかった。
 しかし、誰もいない光景を見たはずの私は、その後半狂乱になってしまい、その先は覚えていない。
 それからというもの、私は、あの女を度々見るようになった。女は、穴の中から、壁の隙間からというように、決まって覗いている。女について詳しい事は、わからない。ただ、あの女が私の近くにだんだん近づいている。