応募作53

「ちょうもん」

巌岳 糸子

 予定変更になったので、大阪城へ足を向けてみたが、日本語の全く耳に入ってこない天守閣から早々に退散。歩き回る内、人気の少ない一角で友人を見つけた。ただし一人ではない、彼女は誰かと話して、いや、言葉少なに相手の話に聴き入っていた。
 そういえば予定変更願いのメールに、傾聴のボランティアとあったような、などと思い返しているうち話し手がホッとした顔になり、姿を消してしまった。
 例えでも何でもない、手品もしくは画像処理のように、私の友人と向き合っていた相手はその場からいなくなっていた。
 私の間抜けな声を、友人は聞き逃さすことなく……素早く振り返って私を見つけるや溜め息を吐いたが、前から大阪城に来てみたかったから、という言い訳には意外そうな顔もしなかった。気を良くして、除霊ボランティアなる人々が気になってと続けると、苦笑はされた。
「……前に、怪談か何かのイベントでそんなん聞いた、て言うてたなあ。どないやろ、私も会うたことはないねん」
 それはそれとして、こんなところで傾聴ボランティアとは、と話を逸らそうとすると、彼女の顔が強張った。
 とりなすつもりで、さっき見たままを打ち明けると、友人は絶句して空を仰いだ。私が狼狽えていると、彼女は深く深く息を吐き、顔を寄せてきて囁いた。つまり。
 彼女には声を聴くことはできる、しかし姿は見えていない、声と、気配だけを頼りに話を聴き、何度も聴き、相手の気が済んだところで、「上へ行ってもらう」のだと。
 そもそも「声」自体、普通の人には聞こえないはずだ、との言葉に、今度は私が絶句することになった。