応募作50

「猫屋敷」

文乃

「お腹すいてへんか?」と、おばぁが言った。
私の目の前に出されたのは、お好み焼きだった。大阪出身のおばぁが作る料理は絶品で、私はお好み焼きが大好きだった。
おばぁはこの家に一人で住み、九匹もの猫を飼っていた。みんな捨て猫だったが、それを疎《うと》ましく思う人もいた。その代表というべき存在が斉藤さんだった。
「ちょっと、小林さん!」棘《とげ》のある声が玄関から聞こえてきた。斉藤さんのまくしたてる声が突き刺さってくる。
耳をふさいだ私はいつの間にか、こたつで突っ伏して眠っていた。
「もう帰らんと、お母さん心配するで」
おばぁに肩を揺すられ、起きた私はランドセルを手にして帰った。
「ひとつ、ふたつ……やっつ……あれ?」
数日後、かくれんぼしている猫を数えていくと、三毛猫のミーちゃんだけがいなかった。
「お腹すいてへんか?」と、おばぁがいつものように言うと、目の前に土鍋が置かれた。
「ビーフシチューや」
頬《ほほ》がとろけるほどの柔らかい肉を口にして、私の心と体は温かくなった。
「ミーちゃん、どこ?」と私が聞くと、こたつから立ち上がった、おばぁのお腹が大きく膨れていた。そして、お腹を手で触りながら「ここや、ここ」と言った。
驚いている私に向かって、おばぁが服をめくると、そこにミーちゃんが隠れていた。
私は安堵《あんど》して、二人で笑った。
家への帰り道、口の中が気になり、立ち止まった。指を入れてみると、髪の毛のような黒いものが出てきた。
そこは斉藤さんの家の前だった。毎日のように苦情を言いに来ていた斉藤さんを最近、見かけていないと不意に思った。
そのこともすぐに忘れ、歩いていた私は後悔していた。さっき食べたビーフシチューをおかわりすればよかったと、ずっと思っていた。