応募作48

「線路の老人」

宝屋

もう30年近く経つ。
兄弟に誘われて当時自己啓発セミナーとやらに参加した。そこは朝から終電間際まで延々と自己否定から始まりなんの自己啓発だ?と訝しんでそろそろ参加を断ろうとしていた頃だ。

地下鉄に乗り、市内中心部に向かう電車は大きな川を渡ると地下に入る。その橋の上、大凡人が進入してはいけない場所に薄汚れた服に頭は禿げ上がり髭を整えることなくボサボサに生やした老人が立っていた。当時運転席の真後ろで見ていた私は運転士の叫び声と警笛で気づいた。
終電間際なので市内行きの人もまばら、運転士は急ブレーキをかけていたが、電車の灯りに照らされた老人はぶつかる直前までニヤニヤ笑って年なのか栄養状態が悪いのか前歯がなくそれが気持ち悪かった。老人がぶつかった衝撃でドアに叩きつけられたくらいだ。
人身事故か?車掌とのやりとりの後、「点検します」という放送が入った。
しかし、老人どころか誰もいない。
車掌と運転士が半ば喧嘩腰の会話をして、これ以上遅れたら…と何事もなく「お待たせしました」というアナウンスの後電車は発進した。

私は老人のニヤニヤ顔がしばらく忘れられず、そのうちセミナーは理由をつけて参加しなくなり、代表に傾倒していた兄弟はその後セミナーから派生した新興宗教に入り、家族で脱会させたりと大変だった。
その時々に老人のニヤニヤ顔を思い出し、やがて通勤の電車もその線に極力乗らないように転職した。

あの電車のことから10年が過ぎた頃、テレビに当時の新興宗教になった代表がとある事件で名前が出て私は画面に釘付けになった。
紳士然とした代表の風貌はあの時線路に立っていた老人そのもので、記者のインタビューにもニヤニヤしながら受け答えしているのがとても気持ち悪かった。

あの地下鉄の沿線は、あれから地下から出る手前からロールカーテンを閉めるようになり、今は最初からカーテンで運転席がみえないようになっている。