応募作44

アンフォゲッタブル

坂本光陽

 僕が小学生だった頃の話である。
 小さい頃から、淡路、池田、豊中と阪急沿線を転々としてきた。茨木の小学校に転校してきたのは、5年生の三学期である。父親の仕事の都合で、すぐに高槻に引っ越したので、茨木にいたのは実質数ヵ月だ。
 だが、数十年たっても忘れられない強烈な記憶がある。あれは一体なんだったのか、と今でも時折り思い出す。
 転校してきたばかりの僕は、クラスに馴染めず、いつも一人で遊んでいた。 中でも、淀川河川敷高架下での壁打ちは定番の遊びだった。コンクリートの壁に軟球をぶつけて、跳ね返ってきたところをグローブでキャッチする。ただ、それだけの繰り返しである。
 陽が傾いて、そろそろ帰ろうかと思った時、ボールが大きくそれた。見当違いの方向に跳ね返って、勢いよく転がっていく。ボールはたちまち、川べりの草むらにまぎれこんでしまった。
 草の高さは僕の胸ほどあった。足元がぬかるんでいて、湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく。草むらをかき分けて進んでいくと、畳一枚ほどの空き地に辿り着いた。
 そこで、奇妙なものを見つけた。クッキー詰め合わせ用の金属ケースである。大きくて頑丈なケースは当時、玩具入れや道具箱として重宝されていた。
おそらく、誰かの忘れ物だろう。好奇心から蓋を開けてみたら、赤黒い色が眼に飛び込んできた。同時に、ひどい臭いをかいだ。
 僕は後悔した。
 ケースの中身は、ビニール袋にびっしりと詰め込まれた、血まみれの生肉だった。肉に混じって、セミやミミズの死骸,小鳥の足らしきものも入っていた。明らかに、肉屋の店頭で売られているような代物ではない。悪夢のような色と臭いだった。
 僕は悲鳴を上げて逃げ出した。忌まわしいものだと直感したからだ。根源的な恐怖。おぞましい気配。狂気と犯罪の予感。それらすべてが相まって襲いかかってきた。
 時折り夢に見るせいか、毒々しい色と吐き気を催す悪臭は、今でも忘れられない