応募作41

「粉もん」

長野あき

 転勤した同僚の健一を訪ねて、大阪の難波で待ち合わせをした。
「修二か。よく来たな。会うのは2年ぶりか?」
 腹ばかり膨れ、目がぎょろぎょろと動く健一の姿に、私は内心動揺していた。
「長旅で疲れたろ? 飯でも食いに行こう。いい店を知っているんだ」
 私の返事を聞く前に、健一は踵を返して歩き出した。異様に足早な健一の後をついていくと、ビル街の隙間を通って地下へと下る。薄暗い店内からソースが焼ける香ばしい匂いが立ち込めていた。
「お好み焼き?」
「お好み焼きはもちろん、大阪の粉もんなら何でもある。おすすめの店だ」 
 客は私たちしかいなかった。巨大な鉄板を敷いたカウンターに座ると、白髪のおじいさんが私たちの前にやってきた。
「……ご注文は?」
「いつものちょうだい」
 健一のぶっきらぼうな言い方を気にすることなく、おじいさんは後ろを振り向いた。白い暖簾の向こうから太くて毛むくじゃらの腕が現れた。みじん切りにした山盛りのキャベツとネギをおじいさんに渡すと、すぐに引っ込む。
 手慣れた手つきでおじいさんが作る。厚めの生地にシャキシャキのキャベツ、薄めのソースがよく絡む絶品のお好み焼きに、思いのほか早く完食をしてしまった。
 その時、ガン!と何かを叩くような音がして、暖簾にぴぴっと赤い液体が付着した。すぐに血に濡れた頭蓋骨が暖簾から出てきた。低い声が暖簾の向こうから聞こえてきた。
「おやっさん、仕込みよろしく」
「あいよ」
 おじいさんがカウンターの上のハンマーで頭蓋骨を砕いていくと、ボウルに入れて小麦粉を追加する。
 健一が目をぎらつかせて言った。
「そのまま焼いてくれ」
「あいよ」
 卵の殻のようなの欠片が混じったまま、慣れた手つきでかき回す。
「……頭蓋骨が足りないな」
 おじいさんがぼつりと呟いたと思うと、健一がカウンターに置かれていたハンマーを私の頭に振り下ろした。