応募作31

「鶏団子鍋」

籠 三蔵

 関西と言えば、関東に比べて食べ物の美味しさを自慢する傾向が顕著なのだが、堺出身のあのひとも、決して例外では無かった。やれ味付けが濃過ぎる、色がどす黒い、納豆は腐ってるんや、よく食えるなと、それこそいちゃもんのオンパレードの様相を帯びていた。コンロに掛けた土鍋の蓋から、真っ白な湯気が立ち上がる。味加減も丁度良い。台所で鶏の挽肉に刻み葱と生姜を加えた材料を練りながら、その威勢の良さを思い出して、私は静かに笑う事しか出来なかった。

だけどなあ、関東もええよな、さよちゃんみたいな、しとやかな女の子おるもんなあ、ほんま、あっちでは考えられんわ。

二年間の出向で、東京の本社へ通っていたあのひと。上方の味には及ばないかもと作ったのは、母直伝の鶏団子鍋。食べ物にはあんなに口うるさかった彼が、これ旨い、旨いなあと子供の様に顔を綻ばせた。
「さよちゃんの鳥団子鍋、いつも食えたらええなあ」
大阪に戻る際の求婚の言葉。
身寄りのない私は静かに頷き、彼と一緒に、見知らぬ西の街へと旅立った。

今日はあのひとの帰って来る日。
仏間に卓を広げ、台所から湯気の立ち昇る鍋を運び、仏壇の前で取り分ける。

帰ったらまた、鶏団子鍋、食べたいなあ。

彼の言葉が蘇る。出張先の神戸からの電話。あのひとの命日は一月十七日。
大地のうねりが平穏を押し潰した、忘れもしないあの日。
呑水に取り分けた鶏団子をひと口含む。
味が消えている。
香りと味しか仏様は頂けないと言う。あのひとが今、そこに居るのだ。
「美味しいですか?」
込み上げる胸の想いを抑えながら、私は仏壇の遺影に微笑み掛けた。