応募作30

「ヨシオちゃん」

ヨシオちゃん

 当時Tさんは阪急T線のS駅近くに住んでいた。
小学校2年生の時のこと。
1人で下校途中。突然空気が変わった。

「ヨシオちゃん」と声がした。
数人の女の人の声。あれ?空耳かな?
「ヨシオちゃん」 間違いない。自分を呼んでいる。でも誰やろ?
すぐそばのような、少し遠くからのような。
「ヨシオちゃん」。
気のせいか、どこかで聞いたような声にも思える。

「ヨシオちゃん」。感情のこもらない、抑揚のない、1本調子の声。
「ヨシオちゃん」。呼ぶ間隔が段々狭くなってきた。
怖くなってきた。誰や?

「ヨシオちゃん」。声がどこからか追いかけてくる。
どこ?どこ?誰?誰?怖い、怖い、怖い。
我慢できず、走り出した。
「ヨシオちゃん」。怖い、怖い・・・・ワンワン泣きながら走った。
必死で走った。当時住んでいた文化住宅が見えてきた。あともうちょっとや!
「ヨシオちゃん」
怖い、怖い、怖い。もうすぐ家や!

階段の下で同じ住宅のおばちゃん達が3人、井戸端会議をしてる。
声は壊れたレコードみたいになっていた。
「ヨシオちゃん ヨシオちゃん ヨシオちゃん・・・・・・・」

泣き叫びながらおばちゃん達の横を駆け抜け、階段を駆け上がった。
階段を上がった2つめの部屋。もうすぐ!僕の家や!
ただいまも言わず玄関から飛び込んだ。怖くて怖くてただただ泣いた。大声で泣いた。

台所に立っていたお母さんがビックリしている。
「どないしたんや?」
井戸端会議をしていたおばちゃん達も心配してやってきた。
「どないしたんや?」
声は聞こえなくなっていた。
しゃくり上げながらも一部始終を話した。
あの声はなんや?誰が呼んだんや?
フッと空気が変わった。総毛だった。さっきのあの空気・・・・・
お母さんとおばちゃん達が能面みたいな顔で言った。
「ヨシオちゃん、ヨシオちゃん、ヨシオちゃん・・・・・・・」

あの声だった。