応募作26

「祭の夜」

三割丸菊

「ほら、あれが阿倍野ハルカスでこっちが梅田のスカイビルや」俺の適当な言葉に耳を傾けるわけもなく、タケは「次は、当てもンや!」猛ダッシュで駆けてゆく。「僕も!」頬っぺたを綿菓子でかぴかぴに光らせたしゅんも続く。興奮度マックスだ。無理もない。大人だって、アセチレンガスの灯りの色と香りには惑わされる。めくるめく非日常の世界。今年は特に夜店の数が多い。集まる人もなぜか不思議に五割増し。俺が思いを寄せてた幼馴染の綾香は、従兄弟の友介と里帰りだ。去年生まれた赤ん坊連れて。まあいい、赤ん坊ってのは例外なく可愛いもんだ。俺は乳母車をのぞいてあやしてやった。
 俺の家は不夜城。何と言う明るさ。何と言う喧騒ぶり。無理もない。一年に一回今日この日、俺の実家に一族郎党が集まっているのだ。「遅いやん」友介に爽やかに肩を叩かれ一瞬ぎょっとする。「始まってるよ」と綾香が妖艶に手招きする。大広間を這いずり回る赤ん坊は、皆のアイドルだ。タケたち甥っ子軍団はレトロ感がいいのか昔懐かしいボードゲームでやたら盛り上がってる。違和感はあった。だって抜けたのは俺が一番先で、皆はまだ祭の場にいたはずなのに。だけど久しぶりの人の群れに酔った俺は思考停止だ。すぐ睡魔に捕まった。朝目が覚めたら静かだった。静かすぎる。がらーんとした家ん中を走り回る俺。腐った湿った臭いが鼻をつく。俺は泣きそう。家の外には,崩折れた村の光景。まともな家は一軒もない。どうしようもないほど無彩色ばっか。こんなとこで蔓延ることができるのは死滅した細胞だけ。そして唯一残った色は、小高い場所に見える祭神社の折れ曲がった鳥居の赤色だけだ。阿倍野ハルカスも梅田のスカイビルももちろん見えない。当たり前だ。俺たちがいたのは、そんなのができるずーっと前だ。一斉に翔び立った蠅の真っ黒な群れが俺の腐った体を形づくる。何だ、そういうことか。で、また来年ー。