応募作21

「お好み焼き屋」

泰子

 長い間の不倫がやっと清算出来たと、知り合いがお祝いの席を設けた。
 お招き頂きいそいそと出かけて行った。
 通天閣下でお好み焼きの店をしている女将だが、馴染みの客とねんごろになって久しい。相手の岡田さんは俺も見かけたことがあるが、押し出しの立派な五十がらみの旦那だ。ぽっちゃりした顔の細い目が人懐こい男だが、その顔に似合わないごつい金の四角い指輪が印象に残っている。 
「食べちゃいたいくらい好き」って言っていたのに。
 どんな修羅場が有ったか知らないが、お祝いと言うからには大円団で別れたのだろう。
 暖簾をくぐると客は居なかった。俺一人なのか?
 ほかの人は遅れるので先に焼いてくれると言う。生ビールと枝豆が出てきて
早速肉を焼いてくれた。鉄板の上で肉がジュウッという度に、まわりの脂身がレースのフリルの様にぷるぷる震える。
「ええ肉はこの脂身が甘くて美味しいんや」言いながら俺はじゅるっと唾を飲み込む「しゃあけどこの肉、脂身が多すぎへん?」
「腹身やからね」と女将。
「ちょっと色も悪いわ」文句を言う俺に
「肉は腐る手前が熟成して一番美味しいんよ」
「そやけど、お好み焼きってよう言うたもんやねえ。好きなもんを焼けるやなんて幸せやわ」酔ったのか女将はとろんとした目で俺のせりだした腹を見ながら「今夜は泊まっていってもええんよ」と唇をなめた。
 色っぽい女将の色香に、いつもの俺なら邪な気持ちを持っただろう。
 ゴロリ。
 だが今、肉と共に俺の口の中にあるのは確かに指輪だ、舌でなぞる。四角い。「あっ!」着信のあったふりをして、笑顔をひきつらせながらゆっくりと
外に出たとたんダッシュで駅に走った。
 昨夜、岡田さんが情けなそうな顔で夢枕に立ったんはこれやったんか。