応募作19

「肉」

最東対地

 今から十数年前の話。
そびえ立つ通天閣を囲む、浪速の町・新世界に行った時のことだ。
今ほど外国人でごった返していなかった新世界は、賑やかではあるものの汚く、小便の臭いとどて焼の匂いが入り混じった場所だった。
特にジャンジャン横丁を抜けて動物園前駅へ続く高架下は酷いものだった。
酔っ払いと日雇い労働者で溢れており、どこから持ってきたか分からない小物を広げて商売をしているおばはんもいた。
治安も当然のように悪く、チャリンコでふらふらと行きながら通りがかりに暴言を吐く男や、やたらと通りがかりの人間に声をかける老人もいた。
それでも現在と変わらないのは、新世界の名物が串カツであるということだ。
大学生だったわたしは友人と、ひやかしがてら串カツを食べに行った。そして、わざわざボロボロで胡散臭い、客も日雇い労働者ばかりが集っているような狭い店に入ったのだ。
怖いもの見たさと、命まで取られるようなことはないという、根拠のない安心感で入ったその店のメニューは変わっていた。
『牛肉』、『豚肉』、『鶏肉』、『肉』
――……肉?
「おっちゃん、この『肉』ってなんなん」
「あー? 『肉』は『肉』やないか。なにいうとんねん」
店のおっさんに聞いても埒があかないので、隣で『肉』串カツをがっついている客に聞いてみた。
日焼けでボロボロになった真っ黒い肌と、伸びたい放題の髪と髭。よれよれのシャツの襟もとが黒く変色している客のおっさんはにやりと笑って言った。
「兄ちゃん、それはな、知らん方がええやつや」
くちゃくちゃと音をたてて頬張る『肉』が、おっさんの口から覗いていたことだけは鮮明に覚えている。
現在、この店はもうない。