応募作15

「信太森葛葉神社」

 籠 三蔵

 初秋の冷たさを含んだ雨が、銅拭きの屋根にしとしとと降り注いでいる。地元唯一の有名スポットとも言える北信太の葛葉稲荷は、幼い頃、裏手の公園で友達と遊びに興じた後、神様に挨拶をして帰るうちに、自然と私の心の拠り所となっていた。
「男の子だ」
後から来た参拝客の女は、私の後ろに立つと、ぞんざいな口調でそう呟いた。石畳の水溜りに映る姿から、着物を着て番傘を差している様子だ。意地悪そうな口調に私はわざと返事をせず、拝殿に向かってじっと手を合わせていた。
「馬鹿だねえ」
嘲笑のような含み笑いが背後から響く。
「その雰囲気だと、男の口車にでも乗って貰っちまったんだろ?甘い言葉にうっとりして呆けている、あんたの顔が目に浮かぶよ」

そう、あのひとは私だけを愛していると言ってくれた。妻とはもう終わっている、関係をきっちり清算して、私と一緒になると耳元で優しく囁いてくれた。
それなのに、それなのに…。

悔し涙が頬を流れる。胎内で鼓動する小さな命を抱えたまま、これから自分はどうして生きて行けば良いのかと。藁にも縋る思いで導きを求め、馴染みのこの場所へと足を運んでいた。女は私の横に並ぶと、拝殿に手を合わせてこう呟いた。
「母親がそんなに弱気では困り者だな。私は息子にこう言った。狐の子だからと人に笑われることのないようにせよ、母は陰からお前を見守っていると。その言葉を守り、我が子は強く立派に成長したぞ」
その声に驚いて横を向く。
濡れた石畳の上には誰も居なかった。

子宮の羊水の奥底から、生きたいと願う我が子の胎動が伝わる。
私は深く頭を垂れ、涙を拭いながら灰色の空を見上げて、社を後にした。