応募作10

「和泉ナンバー」
赤い尻
 運転席の窓を叩くのは警察官だ。深夜のコンビニ駐車場で車中にじっとしているのを見咎められたのだ。快く職務質問に応じる。
「妻と喧嘩をして咄嗟に家を出て、ここで頭を冷やしていたんです。免許証。は、今持っていません。着の身着の儘で」
 警察官は腰をかがめて車内をぐいっと見渡すと、「ここ滋賀ですよねえ?」と言う。はいそうですね、
とこちらの間抜けな答えを斬るように、「なんでこの車、和泉ナンバーなの?」と鋭く言った。
「ああ、大阪から引っ越してきたばかりなので」
 こちらの態度や車内の様子から問題無いと判断したのだろう。警察官は口角を上げ、「なるほど。もういいですよ。奥さんと仲良くね」と言い去った。
 また別の日、別のコンビニ駐車場にて。夜勤明けの軽い買い物を済ませ車に戻ると、見知らぬ老人に声をかけられた。
「ここ滋賀だよねえ?」と訝しげである。
「なんで大阪のナンバーなの」
「大阪から引っ越してきて……そのままで」
 早朝の散歩中といった風の老人は無遠慮にこちらを観察していたが、ややあってふらりとその場を離れていった。
こんなことがあった、と夫が湖岸をドライブ中にふと語った。このあたりでは和泉ナンバーがそんなに目立つのか、そんなに疑わしいのか、などと言い交わすうちに白い大型客船を模したショッピングモールに着く。駐車するなり突然夫がキーも抜かずに運転席から降りて駆けだした。むこうにいる家族連れを呼びとめているようだ。知り合いなら自分も挨拶をとそばに行くと、夫が「ここ滋賀ですよねえ?」と声をかけていた。困惑する家族連れの車は和泉ナンバーだった。
 数日後夫に辞令が出た。数年暮らした滋賀県から大阪は泉州へと戻ることになったのだ。ここではもう誰も和泉ナンバーを怪しまない。