SUNABAギャラリー賞受賞作品

作品タイトル:二度目 

筆名:吉田葵

 

「お客さん、二度漬けはあかんで」

 大阪にある隠れた人気串かつ店の店主は、基本大らかで優しいが二度漬けには

厳しい。

「す、すんません…」

 談笑していた二人組のサラリーマンは、その台詞を口にした店主の顔を見た途

端、足先まで凍るような思いがした。

「分かればええ。ほな、ゆっくりしてってな」

 にっこりと笑って厨房に引っ込む大きな背中を、二人は呆然としながら見送っ

た。その様子を見ていた常連客が赤い顔をこちらに近づけながら「やってもうた

な」と笑った。

「店主の顔も一度までや。もうやらんときや」

 多くの客が騒いで盛り上がる中、彼らは先程の顔を思い出して身震いをした。

しかし同時に、好奇心旺盛な若者は、無謀にもその先を見てやろうと考え始めて

いた。

「なあ、店主の顔の二度目ってどんなんやろ」

「やめとき…って言いたいけど、気になるな」

 店主が厨房から出てきたのを見計らって、薄く笑った二人は食べかけの串かつ

をこれ見よがしにソースの中にどっぷりと漬けた。

「お客さん、さっき言うたよな、あかんって」

 両手に皿を持った店主がこちらを見ている気配がする。今回はどんな顔だろう

か。怖いもの見たさで顔を上げた二人は、目に飛び込んできた思いもよらぬ光景

に絶句した。

「二度目は許さんで」

 店内にいる全員が馬鹿騒ぎをやめてこちらを見ていた。しかも店主と全く同じ

顔で。

 恐怖のあまり手足をばたつかせながら必死に店から逃げ出した彼らは、道頓堀

に向かって全力で走った。しかし。

「あほやなあ」「二度付けなんてするからや」

 ただの通行人も、グリコの看板も、威勢のいい客引きも、全てがあの顔で彼ら

を責めるのだ。腰の力が抜け、地面にへたり込む。

「すんません、もう許してください…!」

 無我夢中で謝罪の言葉を繰り返す二人の肩に、後ろからそっと大きな手が置か

れた。