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第二回「大阪てのひら怪談」山下昇平賞受賞作品

作品タイトル:黄楊の阿舎 
筆名:君島慧是

 まだパトロンめいた気質の残っていた、明治か大正期の大阪商人が造らせたと云われる。
 銘は小さく、建物の土台に《光重》が読める。似た名は幾つもあるが、この名前はあまり聞かないと、根付に詳しい人も云う。ともかくあの腕は、市井むきというより、京都の宮廷文化に心血を注いだ工芸師のそれを思わせると指摘する者がある。天王寺公園で桜の頃に見たという話があるが、ほんの一時期でも、美術館にあったという記録はない。
 極小の黄楊の館、単純に中国風とも云いきれない屋敷は、西欧の館を夢想して誤解したのか、石積みの土台に浮彫のある柱を挟んで縁側とも露台ともとれる開口部から、屋内の居間や書斎を横切り、母屋と太鼓橋で繋がるさきに阿舎がある。この居間越しに臨む阿舎に水盤があり、水盤の直径の半分ほどの身長の髷の人物が、興味深そうに腰を曲げて水盤を覗いている。この月見盤と呼ばれる水盤に、銀色の水が溜まっているのが、母屋の居間越しにわかる。根付を揺らすと水も揺れる。後ろ手に腰に手を乗せて覗きこむ人物も、水面にさぞ驚いているだろうと窺われる。
 あるとき、黄楊の彫刻の人物がいただけの阿舎の床に、小さな角のような突起が生えたという。人物は床を突き破って生えた筍を見るような塩梅だった。だが突起は横に広がり、薄い壁を築いた浅い水盤になり、銀の水を溜めた。斜から光をあてると、青銀めいた水の反射が阿舎の天井に映る。そこを淡い尾ひれの極小の金魚の影が、薄絹の尾をさやさや震わせ、光でできた月の海を横切って泳ぐのが見える。鏡で調べると、水盤には南の海の夜光貝が貼られていた。かつて大阪には、京の宮廷文化を、商人の市井文化の勢いで鍛錬を積んだ職人がいた。彼らの多くは実に控えめで、黙々と己が作品に打ちこんだという。水も零れる。平らに置いて、しばらくするとまた水が溜まっている。根付に耳をあてると、こんこんさやさや水の微かに溜まる音がする。