第二回「大阪てのひら怪談」牧野修賞受賞作品

作品タイトル:幸運のお守り 
筆名:矢口慧

 

マルビルに生えてる四つ葉のクローバーは、幸運を呼んでくれる。
 昨日、そんな噂を聞きつけて来たのは、小学一年生になる姪だ。
「なあ、おばちゃん」
 そう、甘えた声と共に、膝の上に乗ってくるのに、台所に立っていた姉が慌てて、ちゃうやろ、あっちゃんやろ、と嗜めるが、名実ともに叔母なので、今更拒むようなものでもない。
 ええよ、ええよと双方に応じながら、細く、さらさらと手触りの良い姪の髪を撫でる。
「恋のおまじないに効くんやって。なぁ、おばちゃん、お仕事で行くんやろ? 一つだけ取ってきてくれへん?」
私の職場は梅田にある。
 遊びにいっとんちゃうで、と、形ばかりに渋面を作ってはみたが、可愛い姪のお願いだ。見っけたらな、と答えておいて、本日。
 話は、そう簡単でなかった。
 今までは遠目に見るだけだった、円筒形のビルは、その壁面を覆う緑のほとんどがプラスチック製だったのだ。
 広場からビルを見上げ、どうしたものかと思案していた所、アイビーやカポックの間に、色合いの違う緑を見つけた。
 近づいて見れば、それは確かに生きた植物の色、しかもクローバーだ。
 どうしてか、自生したのだろう。しかしこの中から四つ葉を見つけるのは至難かと思えば、覗く緑はどれも四つの葉を有して、探す必要すらない。
 一本だけ失敬しようと、葉と葉の間を手で探る。細い茎を探り当て、人差し指と親指の爪で切ろうとするが、意外に固い。
 仕方なし、引きちぎろうと茎を引けば、ずるずると。
 脱色に傷んで固く、長い、長い髪がクローバーと共に引きずり出て来て、私は思わず悲鳴を上げた。