第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:おるねん 
筆名:野棘かな

 

 天王寺駅近くに住む叔母の家を月に一度訪ねて夕食をご馳走になっていた頃のことだ。
 夕暮れ時、駅からの途中で足が止まった。先日までそこに建っていた文化住宅が消え、焦げた黒い廃材などが乱雑に放置された光景が広がっていたのだ。焼け跡だ、火事だろうか、唖然と見つめていると、いつの間にか後に女の人が立っているのに気が付いた。ギョッとした次の瞬間「おるねん、おるねんで」と押し殺した声ですり寄り抱いていたおくるみを押し付ける。見るとおくるみはぺったんこで赤ちゃんがいない。あ、やばい。振り払って逃げようとすると、ギュッと腕をつかまれた。
「ここにおるんよ。おるねんで」
腕を通してざわざわと冷たいものが胸に流れ込む。これはあかんやつや、言わんとあかん「赤ちゃんなんかいてへん」と叫び、一気に走った。
 叔母に話すと、コーヒーを入れながら「気の毒な人や。どうにもならんのやね」と知っているだけの話をしてくれた。一ヶ月ほど前、頭のおかしい男が火をつけて文化住宅2棟がほぼ全焼した。端の家に住んでいた女の人はぐっすり眠っていた赤ちゃんを連れていくのは可哀そうだからと、初めて寝かせたまま近くの店に買物に行った。そのほんのわずかな時間に放火で燃え上がり、赤ちゃんは焼け死んだ。女の人の泣き叫ぶ声が長い時間あたりに響いていたという。「でも、あの後、倒れて病院で亡くならはったって聞いたけどな」と叔母が訝しがる。
 翌日、そこに女の人はいなかった。何か腑に落ちない気持で焼け跡に行くと、こんもりした地面に白い物が刺さっている。
「おるねん、ここにおるねん」よく見ると、白く細い小さな骨が、土の山に一つ一つ刺さっていた。私は、バッグからチョコを出して、そこに置くと、駅に向かった。