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第二回「大阪てのひら怪談」優秀賞受賞作品

作品タイトル:歯の話 
筆名:剣先あやめ

 

定年後、父は毎日梅田にある歯神社の境内を掃除することを日課としていた。
神社といっても祠のような小さいもので、参拝者もまばらだ。誰に頼まれたわけでもない。それでも父は、毎日箒とちり取りを片手に小一時間ほどかけて掃除をし続けた。
そんな父が亡くなった。八十を超えていたから大往生といえるが、晩年は重度の歯周病に侵されて歯はすべて抜け落ち、入れ歯も入れられないほどの歯茎の痛みに悩まされていた。
「あれだけ丁寧に神社を掃除したのに、ご利益がなかったね」
 歯神社はその名の通り、歯の病を快癒してくれるご利益があるという。父を荼毘に伏している間に私が何気なくつぶやくと、居並ぶ親戚たちの間に気まずい空気が流れた。
「まあ、兄さんにもいろいろあったから」
 かろうじて父の一番下の妹がそうお茶を濁して話は終わった。
 癌で闘病していた父の骨はすっかりもろくなっており、ほとんど砂のようだった。そこからちょこちょこと白い物がいくつも飛び出ている。歯だ。何十本もの立派な歯は、親戚が何巡しても拾いきれず、ついに職員が小さな箒とちり取りで拾い集めて骨壺に納めた。
 ずっしりと重い骨壺を受け取ると、中からカチカチと硬いものを打ち合わす小さな音が上がる。
「結局ダメだったのか」
 私の背後で親戚の誰かが呻くようにつぶやく。
 いったい何がダメだったのか?尋ねようとしたがなぜか振り返れなかった。
 父が歯科医師だったことを知ったのは、一周忌の法要が営まれた時のことだ。
 私が生まれる前までは歯科医院を開業していたそうだが、なぜ廃業したのかをしつこく尋ねても、誰も何も教えてくれなかった。