読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

個人賞:田辺青蛙賞

作品タイトル「接触」

筆名:国東

 

 もう握手やめよっか、とみざおりちゃんが言った。他の人とはしているのにって思ったけど、特別扱い感じたことも確か。俺たちはいつも手の甲でぽんぽんと励まし合った。騙されてるって思わないようにしてたかな。羨ましがってるオタもいたしね。
 真冬の握手会で、彼女が袖にメモ用紙を滑り込ませてきた。そんなアイドルだったなんて、と憎しみと喜びで混乱しながら便所で開けたら、あったのは電話番号じゃなくて彼女の秘密だった。霊みたいなものが見えるの、と緑の文字は語っていた。手を握るとその人の過去のようなもの……他人の恨みの蓄積みたいなものが見えるの。あなたの後ろにも、だから……、と。
 5回読んで激しい怒りが沸いた。どれだけ握手してるんだよと。その中には嘘つきや自己中、諸々の加害者だっているはずだ。バツ2のFさんなんか毎回来てるし。大半のオタは人畜無害だとしてもさ。
 俺は秘密を打ち明けられたと感じることができなかった。意外とね。手紙がきっかけで何かが消えた。みざおり推し終了。ACTホールの便所でね。

 だけど今朝、テレビに卒コンのニュースが出てた。彼女あれからすごく売れたらしい。MCの時に、東京の大プロデューサーが花束を持って来て、当然みたいに右手を出したの。みざおりちゃんごくっと息をのんで、おそるおそる震える手を差し出した。ワニが食らうみたいにプロデューサーの両手が握りこむ。彼女の瞳が上下に揺れて、瞬間、重力を捕まえそこねたみたいにふわっと後ろに倒れちゃった。捕食者からすり抜けた手は天井のライトに向かって開いてたよ。
 俺は、あの手紙は嘘ではなかったのかなあってやっと思えた。でもそうなると、みざおりちゃんが最初に俺と握手したときの顔、どうしても思い出しちゃうけどね。