個人賞:東雅夫賞

作品タイトル:「愛染橋(あいぜんばし)」
筆名:榛原 正樹(はいばら まさき)

 

「たしか、前の不発弾処理のときもこの顔ぶれやったねぇ」
 窓辺の席に座った良枝は杖を引き寄せ、曲がった腰を伸ばしながら隣の男性に言った。
「ほんまになぁ。もう滅多に会うこともないのに、不発弾が出ると避難所でみんな一緒になるやなんてけったいな話やなぁ」良枝と同年配の老人は、
汚れた眼鏡越しに笑った。
 避難所になっている小学校の教室には十数人の年寄りが集まり、それぞれ好きな席に座っておしゃべりに興じている。その上空をヘリコプターの
爆音が通り過ぎていった。
「愛染橋から日本橋は直撃やったからなぁ。まだ不発弾がぎょうさんあるんやろか」
「そうかもなぁ。わしもビル建てるとき冷や冷やしたんや。女房は爆弾やのうて太閤さんのお宝でも出たらええのにって言うてな!」
男性が冗談を言うと女性達がけらけらと笑う。昔とちっとも変わっていない。皆、懐かしい同級生だ。
 今は高速道路に覆われた場所にかつて川が流れ、愛染橋という橋があった。良枝達は中学に上がると毎日その橋を渡り、坂道を登って学校へ通った。
女子だけで坂の上の愛染堂で良縁を祈願し、薄紅色のノウゼンカズラを見上げたのはもう何十年前になるだろうか。ふと良枝が振り向くと、そこには自 分に
優しく微笑みかける皆の顔が並んでいた。
「あっ、おばあちゃん、ここに居はったん」
突然教室の戸が開き、長男の嫁が顔を出した。
「避難する教室はあっちですよ、勝手に入ったらあきませんやん。いま声がしてましたけど、誰かとしゃべってはったんですか?」
嫁は怪訝そうに教室内を見渡すと、窓辺の席に一人で座っている良枝に視線を戻した。
「いんや、誰ともしゃべっとらんよ。ただちょっと、昔のことを思い出しとっただけやさかい  
 良枝は杖を撫でながら、柔らかい笑顔でそう言った。