受賞作:佳作

作品タイトル「おおさかのせき」 
筆名:水無川 燐

 

梅田のビジネスホテルで目覚めると、そこには一匹の悪魔がいた。悪魔は、昨夜には無かったはずの六脚の椅子を示して告げた。近畿二府四県から各一名ずつ、合計六人の関西人の魂を生け贄として捧げること。今日中に達成できなければ、坂井の家族全員が死ぬ。

坂井は強張った表情で携帯を取り出した。

まず東京の本社に今日中に戻れないとだけ伝えて、返答を待たずに電話を切った。そして彼は学生時代の友人達に連絡を始めた。大学が関西だったのは不幸中の幸いだった。

ゼミの先輩で求職中だという和歌山の男は、金で釣ったら、あっさりと部屋まで来て椅子に座り、そのまま魂を吸い取られて塵になった。以前から坂井に気のあったらしい奈良の女は、少し警戒しながらも促されて椅子に座った。サークルの後輩で純朴さだけが取り柄の滋賀の男は、直前で何かに勘付いたらしく、あわてて部屋を出ようとしたが、思い切り殴ったらおとなしく椅子に座った。兵庫人、京都人も同じように調達し、全員が塵になった。

途中何度も会社の上司や同僚から電話が来ていたが、全て無視を決め込んだ。(全部終わった後で俺の席が残ってるといいな)などと思いつつ、残る最後の椅子をどうやって埋めようか悩んだ。大学時代、大阪人の知人だけがいなかった。大阪人との交流を避けていた。

道頓堀で見つけた漫才師志望という女は、大阪出身ということだった。坂井に誘われて簡単についてきたけれど、女は部屋に入ってから急に思いつめた表情に変わった。

「ごめん、あたしお兄さんに嘘ついてた。うち、ほんまは大阪が好きなだけの都民なんや。昔から大阪人になりたかったんや!」

 女はいかに大阪が優れているか力説し始めた。演説は何時間にも及び、いつの間にか午前0時まで残り一分を切っていた。坂井は女に向かって苦笑すると、

「ちょっとだけ故郷のことを好きになれたよ」

 そしてゆっくりと最後の椅子に座った。