読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

受賞作:優秀賞

作品タイトル:「顔」
筆名:大庭くだもの

 線路を跨ぐ歩道橋にてOさんは刺し殺されてしまった。通り魔の犯行であった。
「失禁したかと思ったのよ。刺されたのは脇腹あたりだったけれど、流れ出た血が太腿をつたったからかしら。やだ、こんなところでおしっこ漏らしちゃった――なんて最初は恥ずかしがってたの。すぐに足に力がはいらなくなって……痛みがやってきた」
 学生時代からこの街で暮らしてきたが彼女に関西訛りはない。
「そいつはあたしを覗きこんでいた。暗くてよく見えなかった。あれは嗤っていたのね。たすけをもとめたの。バカみたい。まだ状況がわからなかったのよ。飽きたのか、そいつは立ち去ったわ。夏のおわりだったのに、だんだん寒くなってきた」
 両親の顔がよぎった。行きつけの飲み屋で知り合ったばかりの男性の顔もあった。ふるい友人がいれかわりたちかわり現れて消えて、けっきょくにたにたと嗤うあの顔がのこった。Oさんが発見されたのはおよそ二十分後。失血がひどく、すでに心停止していた。
 Oさんはいまも歩道橋にいる。
「あの顔を捜しているのよ」似た容貌を見つけたら線路へとひきずりこむ。「まだこどもの……男だったかしら、女だったかしら。とにかくにたにたと嗤う、にきび面の顔」
 通り魔の少年はその後自首している。事件から二十年が経つ。もう中年になる。
「いえ、こどもよ。あたしを嗤っていたわ。ゆるさない。ゆるさない嗤うなんて漏らしてないわたすけをもとめたのに嗤っていたあたしを嗤っていたみんなあたしを嗤うのよこんどはこっちが殺してやる絶対見つけて殺してやるおまえはどうだどんな顔だ顔だ顔顔顔」
 逃げ出すほかなかった。
 歩道橋にはあたらしい献花が絶えない。