2017-10-04から1日間の記事一覧

応募作40

「おばはん」 剣先あおり 部屋でぼんやり佇んでいると、がちゃがちゃと音を立てながら扉が開いた。「あんた、また、こんなところでぼうっとして。何しとんねんな」 別に自分の部屋で何しようが、俺の勝手やろうが。「ほんまあんた見てたら、心配なるわ。この…

応募作39

「わたしたちを知らない」 青山藍明 おへやはとてもきれいになって、いまはしらないお兄さんと、お姉さんがくらしている。ママのことも、わたしと弟のことも、知らないみたい。 お姉さんは、おなかに赤ちゃんがいる。はやく会いたいって、いつもおなかをなで…

応募作38

「譲ってください」 青山藍明 京セラドーム前で女が立っている。右手に画用紙を持ち、顔を半分隠しながら、横切る人々をじろじろ見ている。画用紙には「譲ってください」の文字が赤いマジックで書かれていた。ところどころ、文字が掠れていた。コンサートが…

応募作37

「澱みの下の白き身は」 玉川 数 雪置く髪に白肌の、衣も同じく染め色の無しに、巷に寒風も吹き荒べば、また凝る暑さの日にも柔和な笑みに顔をつくり、ひとのただ行きただ来るを見守り、そこに在るを常とした。 あれは神無き月の中ごろのこと、久方ぶりと世…

応募作36

「たたり」 籠 三蔵 新世界の串かつ屋で一杯引っ掛けていると言うので安心した俺は、スマホの向こうの黒川に用件を切り出した。何ぃ、楢原だとお、どないなっとるんや?と、既にかなりの量をこなしているらしい。バックに流れる演歌のイントロが耳障りだ。呂…

応募作35

「サトオカさんは後ろを歩く」 玉川 数 建築会社に勤めていた折、大阪の現場に二年出向いた時の話だ。会社の用意してくれた社宅は、かなりきつい勾配の坂の上にあった。大家は坂の下に住む面倒見のいい七十代の『おばちゃん』で、彼女はたいそう健脚だった。…

応募作34

「環状線」 泥田某 この駅だけやないけどな。まあここでもいっぱい死んだなあ。ちゅうか、いっぱい死ななアカンかったんやろなあ。うん、終わりにするためには、いっぱい死ななアカンかったんや。引っ込みつかんからな。いや、そら、死ななアカンかったっち…

応募作33

「饗宴」 最寄ゑ≠ すっかり人通りの絶えた道具屋筋の裏路地を、出刃包丁がきっこりきっこり歩いて来る。それを見付けた寸胴鍋がどんがらがんと大音声で呼び止めた。「おお、出刃のお」「これ、もうちっと静かに喋らんかい。茎子の芯迄じんじんしよるわ」「で…

応募作32

「戻りの橋」 ササクラ おじいちゃんとはね、橋向こうで出逢うたんよ。そう幸せそうに微笑んだ祖母を、思い出した。 この辺は昔っから浪速の八百八橋ぃいわれるくらい橋が多ぅてな。今はそら八百八本以上あるけどな、そう呼ばれ出したころは半分もなかったん…

応募作31

「鶏団子鍋」 籠 三蔵 関西と言えば、関東に比べて食べ物の美味しさを自慢する傾向が顕著なのだが、堺出身のあのひとも、決して例外では無かった。やれ味付けが濃過ぎる、色がどす黒い、納豆は腐ってるんや、よく食えるなと、それこそいちゃもんのオンパレー…

応募作30

「ヨシオちゃん」 ヨシオちゃん 当時Tさんは阪急T線のS駅近くに住んでいた。小学校2年生の時のこと。1人で下校途中。突然空気が変わった。 「ヨシオちゃん」と声がした。数人の女の人の声。あれ?空耳かな?「ヨシオちゃん」 間違いない。自分を呼んでい…