応募作46

「アーム症候群」

坂本光陽

  茨高の大先輩,川端康成は、マジ茨木市の誇りやね。
 あれ、ラノベ一辺倒のレイちゃんには、ピンとこうへんか。美しい文体、染みわたる神秘、魅惑の幻想譚。究極のファンタジーやで。そこらのベストセラーより、よっぽど読者の心を鷲掴みにするで。
 俺に言わせりゃ、ノーベル文学賞は受賞せぇへんでよかったんや。えらい賞をもろたおかげで、創造の翼がはぎとられ、抑えが効くようになったんちゃうかな。つくづく、有難迷惑な話やわ。
 代表作の『雪国』や『伊豆の踊子』もええけど、それより俺が好きなんは感性全開、きわどいエロスやな。『眠れる美女』とか、アドレナリン、ドピュドピュちうやつや。
 レイちゃんはどの小説が好きなんや? え、何も読んでへん? 嘘やろ、茨高の卒業生やのに、そら、川端康成茨木市民に対する冒とくやで。
 ええっ、『片腕』も知らへんのか。『片腕』いうんは、若い娘の片方の腕を借りて、一晩添い寝をするっちゅう、変態すれすれの物語や。
 悪魔的というか、超感覚的というか、めっちゃええねん。美しすぎる文体のせいやろな。主人公が娘の腕にキスをするとこなんか、何度読んでもゾクゾクするわ。
 いや、キスやのうて、唇をあてて吸うんやったっけ。「いいものを飲んでいた」とか「光の匂いかな、肌の」ちゅうセリフもあったな。
 主人公はラストで、娘の指を唇でくわえるんや。「のばした娘の爪の裏と指先きとのあいだから、女の露が出るなら……」ってな。
 というわけで、レイちゃん、頼みがあんねん。君の右腕を貸してほしいんや。肩のところからパコンと取り外して、一晩貸してくれへんか。
 な、一生の頼みや。〈光の匂い〉を飲んでみたいし、もし叶うなら、〈女の露〉いうやつを、この眼で、この舌先で、ぜひ味わってみたいんや。
 そうか、あかんか、しゃあないな。
 レイちゃん、堪忍やで。ああ、騒がんといて。そない暴れたら、手荒な真似をせなあかんやないか。

応募作45

 「紅葉の呼び声」

坂本光陽

 高校生男子は総じてバカである。僕も例外ではない。
 きっかけは新聞記事だった。当時、暴力団の抗争が相次いでいた。記事によると、大阪府警高槻市北部の山間で死体を捜索中だという。襲撃を受けた暴力団員が壮絶なリンチの末に殺害され、谷底へと投げ捨てられたらしい。
 御丁寧にも死体を捨てた場所まで、地図入りで紹介されていた。
 仲間の誰かが「行ってみようぜ」と言い出した。自転車で充分行ける場所である。『スタンド・バイ・ミー』よろしく、僕たちは出発した。
 季節は秋だった。山々はきれいに色づいていたが、僕たちに愛でる余裕はない。山に入ると、長い坂道が延々と続いたからだ。仲間は次々と脱落していく。最後まで残ったのは、持久力に自信のある僕だけだった。
 先行しすぎたので、見晴らしのよい場所で自転車を停めて、後続を待つことにした。
 座り込んで休んでいると、「おーい」という声が聞こえた。ガードレールの向こう側、山の方から聞こえたから、後続の連中ではなさそうだ。
 何気なく山を眺めていると、紅く染まった斜面で何かが動いた気がした。右へ左へゆっくりと動いている。どうやら風船のようだが、暗くて濁った色をしていた。
「おーい」呼び声は風船の方からだ。
 僕は風船に目を凝らした。その正体に気づいて驚愕した。
 風船ではない。人間の生首だった。血まみれの生首が宙に浮かんで漂っていた。
「おーい」こちらに呼びかけている。
 僕はパニックを起こした。自転車にまたがると、必死にペダルをこぎ、猛スピードで坂道を下った。後続の仲間と合流するまで、よく事故を起こさなかったものである。
「あれは、殺された暴力団員の首だ。見つけてほしくて、僕に呼びかけてきたんだ」そう言い張ったが、戻ってみると生首は消えていた。
 仲間からバカにされ、僕も一緒に笑った。笑うしかない。笑わなければやっていられない。数十年たっても、思い出しただけで背筋が凍る。

応募作44

アンフォゲッタブル

坂本光陽

 僕が小学生だった頃の話である。
 小さい頃から、淡路、池田、豊中と阪急沿線を転々としてきた。茨木の小学校に転校してきたのは、5年生の三学期である。父親の仕事の都合で、すぐに高槻に引っ越したので、茨木にいたのは実質数ヵ月だ。
 だが、数十年たっても忘れられない強烈な記憶がある。あれは一体なんだったのか、と今でも時折り思い出す。
 転校してきたばかりの僕は、クラスに馴染めず、いつも一人で遊んでいた。 中でも、淀川河川敷高架下での壁打ちは定番の遊びだった。コンクリートの壁に軟球をぶつけて、跳ね返ってきたところをグローブでキャッチする。ただ、それだけの繰り返しである。
 陽が傾いて、そろそろ帰ろうかと思った時、ボールが大きくそれた。見当違いの方向に跳ね返って、勢いよく転がっていく。ボールはたちまち、川べりの草むらにまぎれこんでしまった。
 草の高さは僕の胸ほどあった。足元がぬかるんでいて、湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく。草むらをかき分けて進んでいくと、畳一枚ほどの空き地に辿り着いた。
 そこで、奇妙なものを見つけた。クッキー詰め合わせ用の金属ケースである。大きくて頑丈なケースは当時、玩具入れや道具箱として重宝されていた。
おそらく、誰かの忘れ物だろう。好奇心から蓋を開けてみたら、赤黒い色が眼に飛び込んできた。同時に、ひどい臭いをかいだ。
 僕は後悔した。
 ケースの中身は、ビニール袋にびっしりと詰め込まれた、血まみれの生肉だった。肉に混じって、セミやミミズの死骸,小鳥の足らしきものも入っていた。明らかに、肉屋の店頭で売られているような代物ではない。悪夢のような色と臭いだった。
 僕は悲鳴を上げて逃げ出した。忌まわしいものだと直感したからだ。根源的な恐怖。おぞましい気配。狂気と犯罪の予感。それらすべてが相まって襲いかかってきた。
 時折り夢に見るせいか、毒々しい色と吐き気を催す悪臭は、今でも忘れられない

応募作43

「呼ぶ声」

文乃

「まゆみぃ~ まゆみぃ~」
かすかに聞こえる声を耳にした小学生の真由美は急に元気が出てきた。ベッドから飛び出し、母が帰ってきたのだと玄関に走った。
ドアを勢いよく開けたが、そこには母の姿はなく、代わりに暗闇の中から生ぬるい風に乗って、声が聞こえてきた。
「まゆみぃ~ ほぅ~ うらむぅ~」
真由美は耳をふさいだ。古い家に一人取り残され、心細くなった気持ちがそうさせているのだと自分に言い聞かせた。
大きくなっていくその声に背筋が凍った真由美は、二階にある自分の部屋に戻ろうとした。そのとき、玄関扉を叩く音がした。
「石原さん? 石原さん? ちょっと、だれか、いてへんの?」
おそるおそる開けると、真由美の目の前に大きく口を開けた虎の顔が迫ってきた。
「あんた、真由美ちゃんやったな。洗濯物干しっぱなしやろ。雨降ってきたで」
動揺している真由美に話しかけてきた、おばさんは隣人の田中さんだった。ヒョウ柄のパンツに、トラの顔が刺繍《ししゅう》された派手なシャツを着て、さらには髪を紫色に染めていた。
数日が経ち、あの声の正体がなんだったのか、ようやく気がついた。
真由美の家族は大阪へ転勤になり、この家に引越してきたばかりだったので、阪神ファンの姿というものを知らなかった。
「真弓、真弓、ホームラン!」
テレビ中継で阪神を応援する田中さんが大声で真弓選手を応援していたのだ。
田中さんの家を見ると、白い壁面に雨だれの黒い染みが縦に何本も流れていた。それはまさに阪神を象徴する縦縞《たてじま》だった。しかもその模様は、他の家々にも見ることができた。
「まゆみぃ~ まゆみぃ~」
真由美は震えた。夏になるとその声は輪唱《りんしょう》となって幾重にも重なり、勝利への執念に形を変えて、町中に響き渡った。

応募作42

「動物園」

貝原

 天王寺にある動物園でカバを眺めていたら、一人の男が歩いてきた。
 男の肩には大きなフクロウが乗っていた。つい先ほど見てきた鳥の展示エリアにいたような丸顔のフクロウではなく、逆三角形の顔に、黒と金が羽根に斑に混じった、雄々しい一羽だった。
 男は飼育員には見えなかった。いかにも三十代の無職といったような顔色の悪さと貧しい服装だった。
 止まり木にしている男の肩から身体を軽くはみださせて、フクロウは窮屈そうに身じろぎしていた。肩の上のその猛禽に圧迫されて、男の首はだいぶ右に傾いていた。頭をまっすぐにすると、フクロウが乗りきらないのだ。
 こちらに歩いてきた男が私のすぐそばまで来た。表情のない男と目が合い、同時に、フクロウの鋭く冷たい琥珀色の瞳とも目が合った。一瞬、羽ばたきが聞こえたかと思うと、男の肩の上のフクロウが消えた。そして次の瞬間、私の肩の上に、それがいた。
 私は肩の上にフクロウを乗せたまま動物園を出て、地下鉄に乗った。地下を走る暗い窓ガラスに、肩の上の、まばたきをしない琥珀色の瞳が映っていた。地下鉄を下りて、アパートに帰った。
 それからずっと、私はフクロウと一緒にいる。
 ――という話を、見知らぬ男から突然された。
 園内のベンチに腰掛けて一休みしようとしたら、同じベンチの端にかけていたその男に話しかけられたのだ。
 話しながらずっと、男の首はだいぶ右に傾いていた。

応募作41

「粉もん」

長野あき

 転勤した同僚の健一を訪ねて、大阪の難波で待ち合わせをした。
「修二か。よく来たな。会うのは2年ぶりか?」
 腹ばかり膨れ、目がぎょろぎょろと動く健一の姿に、私は内心動揺していた。
「長旅で疲れたろ? 飯でも食いに行こう。いい店を知っているんだ」
 私の返事を聞く前に、健一は踵を返して歩き出した。異様に足早な健一の後をついていくと、ビル街の隙間を通って地下へと下る。薄暗い店内からソースが焼ける香ばしい匂いが立ち込めていた。
「お好み焼き?」
「お好み焼きはもちろん、大阪の粉もんなら何でもある。おすすめの店だ」 
 客は私たちしかいなかった。巨大な鉄板を敷いたカウンターに座ると、白髪のおじいさんが私たちの前にやってきた。
「……ご注文は?」
「いつものちょうだい」
 健一のぶっきらぼうな言い方を気にすることなく、おじいさんは後ろを振り向いた。白い暖簾の向こうから太くて毛むくじゃらの腕が現れた。みじん切りにした山盛りのキャベツとネギをおじいさんに渡すと、すぐに引っ込む。
 手慣れた手つきでおじいさんが作る。厚めの生地にシャキシャキのキャベツ、薄めのソースがよく絡む絶品のお好み焼きに、思いのほか早く完食をしてしまった。
 その時、ガン!と何かを叩くような音がして、暖簾にぴぴっと赤い液体が付着した。すぐに血に濡れた頭蓋骨が暖簾から出てきた。低い声が暖簾の向こうから聞こえてきた。
「おやっさん、仕込みよろしく」
「あいよ」
 おじいさんがカウンターの上のハンマーで頭蓋骨を砕いていくと、ボウルに入れて小麦粉を追加する。
 健一が目をぎらつかせて言った。
「そのまま焼いてくれ」
「あいよ」
 卵の殻のようなの欠片が混じったまま、慣れた手つきでかき回す。
「……頭蓋骨が足りないな」
 おじいさんがぼつりと呟いたと思うと、健一がカウンターに置かれていたハンマーを私の頭に振り下ろした。

応募作40

「おばはん」

剣先あおり 

 部屋でぼんやり佇んでいると、がちゃがちゃと音を立てながら扉が開いた。
「あんた、また、こんなところでぼうっとして。何しとんねんな」
 別に自分の部屋で何しようが、俺の勝手やろうが。
「ほんまあんた見てたら、心配なるわ。この子、何考えてんねやろて」
おばはんは現れたと思ったら、けたたましく機関銃のように喋りまくる。ピンクの生地に有名なキャラがでかでかとプリントされたTシャツが恐ろしく似合ってない。ええ年して恥ずかしないんか。
「このTシャツええやろ。うち、デズニー好きやねん」
 おばはんはうっとりした顔で自分のシャツを眺めている。デズニーてなんやねん。思いっきりパチもんやないかい。
「あんたなあ、たまには外に出てお日さん浴びて、きれいな空気吸うてきたらどうや。こんな部屋で閉じこもっとるからそんな暗い顔なるねん」
 この顔は生まれつきじゃ。何、好き勝手言うとるねん。
「このアパートにいてんの、爺さん婆さんばっかりやろ。あんたみたいな若い子がおるとこちゃう。ここでくすぶってたらあかん」
 このおばはん、飴はくれんし、ムチばっかりや。
「うちはあんたの身内やないけどな、こんな風に言うてくれる人いてへん思うで」
 そら、普通は言わんやろ。見ず知らずの人間にそないぽんぽんと言いたいことばっかり。大体、煎餅食いながらそんなん言われても説得力ないわ。
「何べんもいうけどな、ほんま、よう考えたほうがええで」
 もう、とっくに死んどるゆうのに、くどいっちゅうねん。
「あんたのため思うて言うてんねんで」
 たまらんなあ。