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第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:お試し 
筆名:光原百合

 昔、つきおうとった彼女と日曜日に梅田で待ち合わせたことがあってん。
 阪神百貨店地下入口の近くの地下街や。あの辺、ふっとい柱が何本も天井を支えてるやんか。ちょうど肉まんの「蓬莱」の前の柱のとこで待ち合わせてた。柱に寄りかかって待ってたんやけど、約束の時間から30分経っても1時間経っても彼女が来んのや。
 今ならすぐ携帯で電話かメールってとこやけど、その頃そんなもんはあらへん。柱の裏んとこに公衆電話があったから、そこから電話すればええようなもんの、彼女自宅生やったから、休みの日の親父さんが出たらと思うとなあ。とうとう3時間待って、さすがに電話しよ思うて、柱をぐるり回った。
 そしたら彼女がそこにおった。とたんに「今まで何しとったんや!」って怒られた。なんでやねん。
 結局俺ら二人とも、柱を挟んで三時間、相手が裏側にいるとは思わず待ってたらしい。でもな、俺かてずっと柱に貼りついとったわけやなく、彼女がその辺に来とらへんかと少しはうろうろしたんやで。彼女の方もそうやったから、きっちり同じタイミングでうろうろしたせいですれ違い続きやったとしか思えんけど、そんなことがありうるやろか。やっかみ屋の神さんかなんかが、俺らを喧嘩別れさそうとして仕組んだんちゃうかと思うたわ。
 でもまあ別れることもなく、もうすぐ銀婚式を迎えるわけやが。そのあと多少の行き違いがあっても、あのときのあれだけアホらしい行き違いに比べたら、なんてことはないと思えたんや。そう考えたら、あの出来事は神さんが俺らを試したんかもしらんな。

第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:前回 
筆名:赤い尻

「あの、心斎橋へはどうやって行けばいいでしょう」
 なんばの小さい交差点で信号待ちをしていると、学生風の男二人組に声をかけられた。喋りかたから関西の人間ではないだろうと感じる。
 彼らの背後がちょうど地下街への出入り階段だったので、「そこから地下鉄に乗ればひと駅ですよ」と答えると、「ぼくたち歩いて行きたいんです」と言う。たしか歩いても十五分とかからないはず。が、とっさに示すべき方向がわからず、「すみません、このへんに詳しくないもので」と詫びる。すると彼らはにこやかに「そうですか」と頷くと、「ではこれをどうぞ」とポケットティッシュを差し出した。
 反射的に受け取って青信号を渡る。
 じわりと奇妙に思ったのは地下鉄で梅田に着くころだった。
 受け取ったものを検めるも、何の広告も入っていない単なる新品のポケットティッシュだった。
 一週間後、およそ同じ時刻に同じ交差点の赤信号にひっかかった。
 立ち止まろうとしたところ、信号待ちの人波から明らかに浮いている人物が目に入った。胡麻塩の長い髪を乱し広げた女が、大袈裟な仕草と表情で通行人の顔を一人ひとり覗きこんでは、皆に見て見ぬふりをされている。
 私は反射的に踵を返して駆けた。
 女の削げ痩せて骨ばった両手に、ポケットティッシュが束で鷲摑みされているのが見えたからだ。

 2016年2月6日土曜日と翌週の2月13日土曜日、大阪てのひら怪談トークイベントに参加した帰路での出来事である。

第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:鋏音 
筆名:羽場良日

人間、この年になると、古い知り合いに会う機会いうたら、葬式ばっかりですわ。
去年の十二月に、昔なじみが逝きよって。信さんいうてね、菊師仲間やったんです。
 菊師いうのは、菊人形に菊を入れる職人です。そうそう、枚方の大菊人形展いうて、ありましたやろ。今はもうやってへんけどね、昔は大展示場に何十体と並べたんですわ。全国から職人が集まって、開幕前の一週間ほどで人形の枠に菊を入れるんです。寝泊まりする家が敷地の奥にあってね。まぁ、もうみんな顔なじみですわ。ここが終わったら次はあっち、ゆうて、全国の菊人形展を渡り歩く者もいます。菊人形展は秋の一時に集中するから、職人はひっぱりだこです。
 信さんもそういう職人のひとりで。枚方で結婚して、こっちにおったんですわ。儂は親父が死んで、畑継ぐことになって早くに辞めたんやけど、大菊人形は毎年見に来た。法被来て菊を着せ替えてる信さんの姿を、客用通路からちらっと見たりすると、誇らしくてね。ちょっと羨ましくもあったな。
 葬式の祭壇は、娘さんの計らいで、いっぱいの菊で飾ってあった。式場中に芳しい香りが満ちてました。あの香りに包まれたら、何や昔のこと思い出して、泣けてきた。
 焼香が始まったら、「ちゃん、ちゃん」て金気の音がしますねん。最初は気のせいかと思った。けど、またしばらくすると「ちゃん、ちゃん」いうんです。微かな音なんやけど、この耳ではっきり聞いた。で、思い出したんですわ。
 ああ、信さんの鋏の音や、て。
 職人はひとりひとり、音に癖があるからね。  
 そしたら、隣に座ってた職人仲間が、
「菊の香に誘われて、信さんが来とるな」
 いうから、二人で泣き笑いですわ。
 じっとしとれんのやね。あの香り嗅ぐと。 
 いや、これはまた年寄りの長話。
 えらい、しょうもない。

 

第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:うにたま丼 
筆名:剣先あおり

 繊維の街、船場センタービル付近は昼ともなると飲食店の激戦区となる。周りに商社や金融機関がひしめく一大ビジネス街でもあり、胃袋の数も半端ではない。中でも王道は大阪らしく安い値段で美味い飯を出す店だ。
「おう、久しぶり」
 怪談会の常連で、顔馴染みの中ぼんがこの街で働いていることを知ったのはつい最近のことだ。夜は怪談ジャンキーだが、昼は本人曰くバリバリの商社マンらしい。
「お久です~。ていうか、昨日もここで会いましたやん」
 中ぼんも昼になるとこの店に来ている。なんといっても名物「うにたま丼」が三百五十円なのだ。今時ワンコインでも貴重なのに、お釣りも来るのは有難い。
 おばちゃんに「うにたま丼大盛」を頼むと、一分も待たずにそれは出てきた。見た目は半熟の玉子丼だが、橙色がかった濃厚な黄身はウニのコクと甘さを感じさせ、ご飯とよく絡まって美味いのだ。好みで山葵を乗せるとこれがまたツンときて、堪らない。妙に精もつき、疲れも取れる。値段、早さ、美味さ。どれをとっても満点なのに常連ばかりで知る人ぞ知る店なのが不思議だった。
「ほんまうまいな。でも何の玉子やろ」
 僕知ってまっせ、と中ぼんがいう。
「おばちゃんに見せてもらいましたんや。店の奥に飼育場みたいなんがおましてな、そこに毛の生えた牛ほどでっかいナメクジみたいなん飼うてて、そいつがぽこぽこ玉子産みよるんです。それ食わされとんですわ。エサは客の残飯でええそうです。安上がりですな」
「そんなん、早よ言えよ。わし、知らんとめっちゃ食っとるやんけ」
「どうせ普段から何食わされてるか分かりませんやん。せやったら、安いほうがよろし」
「せやな。今のところ何もないしな」
 俺と中ぼんが同時に丼を平らげると、おばちゃんが満面の笑みで俺らを見つめていた。

第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:おるねん 
筆名:野棘かな

 

 天王寺駅近くに住む叔母の家を月に一度訪ねて夕食をご馳走になっていた頃のことだ。
 夕暮れ時、駅からの途中で足が止まった。先日までそこに建っていた文化住宅が消え、焦げた黒い廃材などが乱雑に放置された光景が広がっていたのだ。焼け跡だ、火事だろうか、唖然と見つめていると、いつの間にか後に女の人が立っているのに気が付いた。ギョッとした次の瞬間「おるねん、おるねんで」と押し殺した声ですり寄り抱いていたおくるみを押し付ける。見るとおくるみはぺったんこで赤ちゃんがいない。あ、やばい。振り払って逃げようとすると、ギュッと腕をつかまれた。
「ここにおるんよ。おるねんで」
腕を通してざわざわと冷たいものが胸に流れ込む。これはあかんやつや、言わんとあかん「赤ちゃんなんかいてへん」と叫び、一気に走った。
 叔母に話すと、コーヒーを入れながら「気の毒な人や。どうにもならんのやね」と知っているだけの話をしてくれた。一ヶ月ほど前、頭のおかしい男が火をつけて文化住宅2棟がほぼ全焼した。端の家に住んでいた女の人はぐっすり眠っていた赤ちゃんを連れていくのは可哀そうだからと、初めて寝かせたまま近くの店に買物に行った。そのほんのわずかな時間に放火で燃え上がり、赤ちゃんは焼け死んだ。女の人の泣き叫ぶ声が長い時間あたりに響いていたという。「でも、あの後、倒れて病院で亡くならはったって聞いたけどな」と叔母が訝しがる。
 翌日、そこに女の人はいなかった。何か腑に落ちない気持で焼け跡に行くと、こんもりした地面に白い物が刺さっている。
「おるねん、ここにおるねん」よく見ると、白く細い小さな骨が、土の山に一つ一つ刺さっていた。私は、バッグからチョコを出して、そこに置くと、駅に向かった。

 

第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:梅田ビッグマン前にて 
筆名:寒池笑

二回生の夏。夕方、私は梅田のビッグマン前にいた。飲み会の待ち合わせだったと思う。
大勢が行き交っていた。たむろしている人も多い。近くにいた会社員の集団が騒々しく、私は苛立ちながら待っていた。誰も来ない。
「ちょっとニイちゃん」不意に背後から呼ばれて、私は振り向いた。両手に大小いくつものバッグやレジ袋を提げ、厚手のニット帽を被った、老婆が立っていた。
この暑いのにダウンジャケットを着ていた。焼けた顔を強張らせ、私をじっと見ていた。
「やっぱりや。○○くんやろ?」老婆は私の名前を口にした。驚いていると、「××さんとこの」父の名前だった。かろうじてうなずくと、「これ渡しといて。××さんに」 
彼女は小さな、白いレジ袋を差し出した。中は見えない。毛羽立った手袋をした手が震えている。反射的に受け取ってしまう。軽い。「あの、ど、どういう」
「△△言うたらわかるわ。◎村△△」レジ袋を落としそうになった。彼女が名乗ったのは母の名前だった。頼むで、と老婆は言って、雑踏の中をすたすた歩いて行った。一人の友人が入れ違いに現れたので、ことの次第を説明する。「ガラクタか何かやろ、普通に考えて」友人はあっけらかんと言った。レジ袋の中には、ピンクの薄い冊子が入っていた。汚れてもいないし折れてもいない。こわごわ手に取って、最初のページを開く。「うわ」覗き込んでいた友人が後ずさった。冊子はアルバムだった。L版の写真が並んで入っていた。全て焼肉の写真だった。赤い肉を丸網に並べて焼く過程が、ほぼ真上から、時系列順に。
 すぐさま幹事に電話し、予約してもらっていた焼肉屋をキャンセルさせた。

 アルバムはレジ袋に戻し、空き缶用のゴミ箱に突っ込んだ。飲み会の記憶はない。

第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:Reflection 
筆名:高家あさひ

 

ご趣味は何ですか? 写真? 私も実はカメラを持ってるんですよ。
 私のカメラは大阪で買ったものです。はじめて手に入れた一眼レフカメラ。だけど、そのころの私はひとり暮らしで、アルバイトをしながら授業に通う貧乏学生でした。だから、そのときで既に十数年落ちだった、エントリーモデルの中古品です。当然、デジタルではありません。大阪駅前の量販店を横目に、西梅田の駅の近くの地下街に入っているちいさなカメラ屋まで、現物を見に行ったのを覚えています。ファインダーの中にホコリが入っていて、セットになっているレンズのズーム環も回すとなんだかざらざらして、決していい状態ではなかったんですが、とにかく安かった。それが私の精一杯でした。
 けれども、それからわりとすぐ、カメラを使う暇もなく私は大阪を離れなければなりませんでした。ひとりで住みだしてから発症した睡眠障害が悪化して、親元に連れ戻されてしまったんです。ふたたび夜に、よく寝られるようになったのは最近のことです。夜、私はカメラを抱いて布団に入ります。薬を飲んでいるからなのか、夢はまったく見ません。黒い螺旋に、ぐるぐる引き込まれて眠りに落ちます。一週間に一度くらい、フイルムを巻き上げて現像に持っていきます。ほとんどのコマは真っ暗だったり白く飛んでいたり、意味のあるものは写っていません。一本まるまる、そうなこともあります。でも、たまに、鮮明な画像がプリントされてくることがあるのです。
 これが、今日できてきた中の一枚です。阪堺電軌のワンマン車。橋を渡ってくるところですね。こっちはこの前の一枚。夜のなんばです。奥に白く光っている建物は、南海電車のターミナル。そうでしょう? 結局行くことのなかった遊園地の、地球儀型のモニュメントが写っていたこともありました。ときどきそうして、私とカメラは大阪を視るのです。